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下記は平成14年5月21日付発行のNNA(Malaysia)SDN.BHD新聞に掲載された山田惇合気道師範インタビューです。NNA(Malaysia)SDN.BHD社のご厚意によりクアラルンプルに於ける山田師範近況を合気会マレーシアレホームページを通じて皆様にお知らせできる運びになりました。尚、記事にそった写真を附加掲載致しました。
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2002年(平成14年) 5月21日火曜日
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合気会マレ-シア山田 惇師範、7段
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サラワク州で合気道を普及するため、1971年に
マレーシアに移り住んでから31年間、地方に密着して弟子の指導に当ってきた。 昨年には創立
30周年行事を国内3ヶ所で開催したほか、合気会マレ-シアの本部道場をクアラルンプールに移転。指導活動をさらに拡大する意気込みだ。
山田師範がマレーシアで合気道を広めることに
なったのは、サラワク州のアブドル・ラフマン州首相(当時)が精神面の鍛錬を重視した武術を
同州に普及させるに当って、合気道を選択したことがきっかけ。
護身術として知られる合気道が他の武道と根本的に
違うのは、合気道には試合が無く、人を相手に戦うものではないところ。
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この武道には勝ち負けがない。アブドル州首相は、人を攻撃しないという特性のほか、円の動きを基本とする合気道に、イスラム教の治世術と共通するものがあるという点を見出し、同州での合気道の普及を決めたという。大学在学中にインドネシア語を
学んだという山田師範。当時の合気会には、マレー語は勿論、これに近いインドネシア語が話せる
会員も他にいなかったため、山田師範の派遣は自然な流れだった。
サラワク州に派遣された翌年、山田師範は州首相官邸で喜美子夫人との結婚式を挙げた。
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30年前のサラワク州の日本人人口は現在と同様に
少なく、日本食のレストランなど一軒もなかったと云うが、サラワク州の食べ物や暮らしには
すんなりとなじむことができた。
2人の子どもも、まわりのマレー人の 子どもたちと机を並べて育ったという。
イスラム教徒は朝の礼拝が5時半ごろから始まるため、早起き。その為、
山田師範は合気道の指導に朝げいこを取り入れた。
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当初30人程度だった生徒は増え続け、これまでにサラワク州クチンで道場に通った経験がある人の数は、約1000人に上がっているという。
クチンのほか、1993年にはクアラルンプールにある国際イスラム大学で
合気道部の指導を開始。
1995年にはブルネイのモハメド・ボルキア外相から個人指導を要請され、
同国にも渡っている。
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地道な指導を通じて、古巣のクチンにはマレー人の
一番弟子が育った。又、長年の指導経験が認められ、昨年に連邦政府の警察当局から警察官の指導
要請を受けたのを転機にクアラルンプールに転居。これに伴い、本部道場もクチンからクアラルン
プールに移し、合気会マレーシア名誉会長にガファール・ババ元副首相を迎えた。
警察でのけいこは今月(2002年5月)から本格的に始まっている。又、これに先立ち今年2月には、サラワク州出身の閣僚、エフェンデイ・ノルワウイ農相への指導も開始した。
クチンではマレー人が弟子の大半を占めていたが、クアラルンプールの道場では華人が主体。ただ、人種は変わっても日本文化を紹介するという点で、山田師範の指導方針は変わらない。
マレーシア滞在歴が30年を超えた山田師範。日本人が比較的多いクアラ
ルンプールで驚くのは、日本人で合気道を知らない人が多いという事。合気道は段を取るまでの年数が3年以上と他の武道に比べて道のりは長いというが続れば実力はつきそうだ。
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日本人を対象としたけいこは、クアラルンプールの
日本人会と、同市内スリハルタマスの道場で行われている。
合気会マレ-シア ハルタマス道場
No. 16-2, Jln 24 /70A, Desa Sri artamas 50480 KL, Malaysia.
電話及びファクス: 603-4251-5008
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